2017年7月13日木曜日

昼間に眠ったから眠れない。熱帯夜ですね、って誰かに言いたい。こんばんは熱帯夜ですね。


扇風機をまわしている。部屋の空気がかき回されて、たとえばここに幽霊がいたら飛ばされちゃったりするんだろか、とか考える。しかし幽霊はいない。

かわりに風にのって、仏壇の花瓶にさしたユリのにおいがする。けどおかしくて、ユリは今日買ったばかりだからまだ蕾なのだ。たぶんこれは記憶のにおいで、脳みそから直接香っているのだと思う。それから水のにおい。これは出元がわからない。これも記憶かな。


おわかれの日の前の夜中に手紙をかいたこと、を思い出してる。他の誰にもその存在を伝えずにこっそり棺に入れた。いっそうユリのにおいがする。瞼にふれそうな白い花びら。


窓を開けたら虫がしずかに鳴いている。最近は夜こういうかんじで勝手になみだがでてしまう。はやく阿保みたいに蝉鳴いてほしい。1時間だけクーラーをつけよう。ぴしぴしに固まった部屋でねむる。タオルケットにくるまって。

2017年6月9日金曜日

ゆびきり

指、絆創膏を巻いていたところがふやけて、白くぶよぶよになってしまった。当の傷口は薄く笑みを浮かべた唇のようで、私はつい、深海魚、と口にする。自分の指を見て深海魚のことを思うとは。気味が悪くて、でもじっと見てしまう。一生このままだったらどうしよう。今後ずっと、人差し指の先に深海魚を住まわせる。私が私の左人差し指で触れるべきものに、間借りの深海魚が触れる。私の代理として。私そのものとして。


半分ギョッとしたまま、もう半分は圧力をかけるための見張りのような気持ちで、私はしばらく己の指を見ていた。ずっと見つめていると、ほんとうにどこかの海辺で、砂浜に打ち上げられた深海魚と対峙しているようなかんじがしてくる。自分のゆび、手のひら、甲、つめ。すべて幻のように思えてくる。静かな幻のなかに深海魚が、ぼうっと白く発光して、へたれて、居る。何も言わずこちらをみている。蒸発していく水分の匂い、いや、深海魚のにおいがする、気がする。


このままどんどん渇いていったら、深海魚は死ぬのだろうか。想像の中で、私は慌てて、そのからだを押して海に戻そうとした。両手がこの生き物に添えられ、左手の人差し指が、この生き物の口元にめりこむ。重くて、砂は湿って、私は汗をかいて、ようやく、生き物を水際へと押し出して、さあ手を離すと、深海魚の顔に、私の手の跡がついている。私の手の形に、くっきりと凹んでいる。跡は、水分を取り戻しゆくなかでゆっくりとふくらんで消えて行くようだけれど、深海魚は動かない。泳がない。笑いもしない。そして、やっと元のぶよぶよの姿に戻ったところで、深海魚はうすく開いた口から血を吐く。


はっと我に返って指を見る。ずっと見ていたのだけれど、見る。一部だけ私でない部分。皮膚の表面が少し乾いてきたからか、より白く濁って影を持つようになり、口元は硬く笑みを失っていた。とっさに握った手の内に、深海魚のいる感覚は無かった。


ある人に、中くらいのダンボールいっぱいのジャガイモをいただいたのだった。近所の人に分けたり、積極的に使うようにしてはいたけれど、そう簡単に消費できる量ではなかった。

箱の中のすべてのじゃがいもから今にも芽が出そうで、深夜、ふと目が覚めて水を飲みにキッチンへ行ったときなど、ダンボールから音がするような気配すらした。


なんとかして使いきらなければならないと思って、週末に肉じゃがとカレーとポテトサラダとソテーを一気に作ることにしていた。指は、その時に切った。幾つものじゃがいもの皮を剥いているうちに、右手と左手とじゃがいもの区別がつかなくなった。その瞬間、キッチンの蛍光灯の白い光が、包丁にぼんやりと、でも白々とたしかに映っていたのを覚えている。


ぼうっとしていたと思う。痛みは稲妻のようだった。深く切ったわけではなかったので、出血は大したことなかったけれど、流水で傷口を洗っているときのそれは、するすると流れていく他人の涙のようだった。血がとまってから絆創膏を巻いて、ビニールの手袋をして、左手が捕らえられたようになりながら、カレーとポテトサラダだけ作った。その間傷口はすこしだけズキズキして、ビニール手袋の中に小さな新しい心臓をしまっているかのようだった。







2017年4月6日木曜日

りんご/ねこ/花見/前髪/いい子

3/31

雨だなぁ。

なにもやる気がしなくて、りんごを剥いて食べた。コーヒーを甘くした。風邪をひきかけているようで、節々がぎしぎしする。






4/1

風邪薬を飲んで寝たからか、目覚めがいつも以上に悪く、目が覚めてからもしばらくぼんやり寝ると起きるの間にいた。寒かったので暖房をつけて、その風でカーテンが揺れるのを見ていたら、猫がいた時のことがわーっと思い出される。写真を見返したりして、寂しいような幸せなような微睡みのときになった。猫のこと、2年くらい前のことなんだけど、なんだかもう信じられない。写真もあるけど、あれって本当に現実の話なんだろうか。一緒に寝たのとか、幻みたい。楽しかったな。






4/2

急に休みになった。お花見に誘っていただいて、少しの時間だったけどお花見した。楽しかったなぁ。素敵な方々だった。

桜、今年は開花がゆっくりめなのか、五分咲き。どうせならこのままゆっくり咲いて、ゆっくり散ってほしい。

夕方、代官山。代官山は少し苦手。迷う。






4/3

朝、満員電車過ぎて腰がねじれて、肩がつぶれて、首がこわれてしまった。

伸び過ぎていた前髪をやっと切ったので視界良好だが、ものもらいにでもなるのかきのうから目が腫れていて、お化粧もできないのでなんか中学生みたいな見た目で1日過ごしてしまった。







4/4

昨日の、中学生みたいな自分の見た目が悲しくて、普段なら絶対買わない、青みのあるピンク系の口紅を買った。ドラックストアに売ってる、安いやつ。どうせ似合わないんだろうが、御守りとして。







4/5

高野文子さんの漫画『棒がいっぽん』を、ずっと買わずに耐えていたが、ついに買った。昔漫画喫茶で読んでから、ずっと忘れられなかった。けど、なかなか、読めない。その中に入っているあるお話が、とても心をえぐるので、迂闊に読むとだめになってしまいそうなのだ。


桜、だいぶ咲いてきた。





2017年3月30日木曜日

3/26

雨が冷たい。雪が降ればいいのに。

同じバスに乗り合わせたおばさまが抱えていた、すこしだけほどけたチューリップのつぼみに水滴がついていた。冷たそうだったけど綺麗だった。花びらは、水をよくはじく。




3/27

独特なセンス、独特な感性、独特な雰囲気、独特な世界観。これらは賛辞であるらしいが、この独特なセンスや、感性や、雰囲気や、世界観なるものをもってして生まれたモノはその独特さが故に共感性が薄い……気がする。おまえわけわかんないこと考えてるよね、よくわかんないけど、そういうのいいよね、って。

いやそんなはずはないと信じたい。世の中には色々な人が居て、独特さにも色々あって、わたしたちは独りにならないように、己の独特さをぶつけあいながらわかってくれる人を探している。伝え方を工夫する。





3/28

話題のアニメ『けものフレンズ』をまとめて見る。この番組が始まってから、いい大人がバカみたいに「すごーーい!」「きみは〇〇のフレンズなんだね!」ばっかり言ってるのをよく見かけたのでふざけたアニメだと思っていたが、いろんな動物(聞いたことはあるけどよく知らない、ちょっと珍しいやつ)がたくさん出てきて楽しかった。例の台詞は思ったより出てこない。みてる人同士が盛り上がるための、パワーワード的なものか。中学生くらいのときから、そういうので盛り上がるのがちょっと苦手。よそ者には回収できない伏線、みたいな。まぁじぶんも勢いで使ってみたりするんだけど。





3/29

『けものフレンズ』全11話だと思っていて、昨日、最終話まで見たと思ってたんだけど、12話があったみたい。衝撃的すぎるラストだったから見終わったあとしばらく豆鉄砲喰らった鳩のような顔が崩せなかったんだけど、続きあるんだ。安心したような、あれでよかったような。





3/30

前ほど街に出なくなったからか年齢かわからないけど最近あまりポケットティッシュを配ってもらえない。














2017年3月26日日曜日

3/22(水)


大阪に行った時、新幹線で読む用に買ったものの初めての大阪にテンション上がりすぎて全然読めてなかった西加奈子さんの「通天閣」を読む。夜、最寄駅ちかくのパスタ屋で。謎の店だが美味しかった。

西荻にぶらさがっている象が新しくなっていた。








3/23(木)


早朝のバスで長野へ。バスタ新宿、はじめて行った。昼前に長野駅についてそこからまたバスで山道を行き、戸隠で蕎麦を食べる。あまり食に関心がない方なので、5時間かけて蕎麦を食べにいくなんて正直信じられないことのだか、5時間かけて来て良かったと思える美味しさだった。それから高く積もった雪やつららを見た。触った。雪の上を歩いた。層になって積もる雪の断面は美味しそう。あと雪が舞うのをたぶんはじめて見た。降ってるんじゃなくて、舞ってる。意思なく降り注いでいるような細かい雪、綺麗だった。東京に大雪が降ったのは4年くらい前のことだろうか。歩きながらあの頃のことを思い出したりとか。

夜は別所温泉に泊まった。平日なので宿泊客も少なく、露天風呂は貸切状態だった。露天風呂でビールを飲んでいいとのことだったので、せっかくだしひとりさみしくビールをのむことにしたが、全然さみしくなかった。最高だった。早寝。





















3/24(金)


少し早起きして朝風呂をする。上田まで行き、上田城跡を見る。もう城自体は残されておらず。記念公園みたいになっていて、観光客も地元の人もそこでのんびり過ごしている。ぶらぶらしていたら、後ろから地元の高校生と思しき青年たちが「どーする? とりあえずアリオ行く?」とか言いながら自転車でワーッと来る。春休みの部活帰りかなぁなんて思っていたら彼らのうちの1人が私たちを追い越す際に一瞬振り返り「こんにちは~!」と爽やかに挨拶して去って行った。びっくりした。


地方都市のショッピングセンターが気になっていたので我々もアリオに行く。地元民にまぎれてフードコートでお昼を食べた。フードコートでデートしてる高校生くらいの人とか、クラスの人に絶対見られるだろうに、あれってちょっと照れくさいけど、誇らしいかんじなんだろうな。

あとゲームコーナーで、モニターを隠して完璧なバチさばきで太鼓の達人をこなす中学生くらいの男の子を見た。まわりに、友達と思しき女子たちが来ても動揺することなく、コンボをキメまくっていた。かっこいい。


19時過ぎのバスで23時ごろ東京着。知らない場所にいくのは楽しいけど、帰ってきて新宿や下北沢の街並みを見るとすごく安心してしまう自分がいる。それが旅の醍醐味なのかもしれないが、少し悔しい。もっと知らないところに行きたい。















3/25(日)


花粉症が、年々じわじわ悪化してきている気がする。アレルギーテストをしたい。でも、昔「花粉症対策のために、まず敵を知る」と意気込んでアレルギーテストを受けた人の話によると、結果が出てスギ花粉アレルギーであることがきちんと明記されている書面を見たその瞬間から花粉症が悪化したらしく、考えものだ。(しかも、ゴキブリアレルギーであることまで判明したらしく、しばらくは粉末状になったゴキブリの死骸が風で飛んでくる夢にうなされたらしい)

じぶんの弱点を無駄にはっきり認めすぎないほうが、勘違いでも強くいられることもあるみたい。アレルギーテストはやめよう。

でもこんなふうに花粉の話を書いているのも実は「花粉のことを意識しすぎることで花粉症は悪化するのなら、花粉のことを考えて花粉のことを書いたらどうなるか」という実験で、実際、今書きながらくしゃみ鼻水がとまらない。

これからは、花粉が鼻腔に入ろうが入らなかろうが特に影響はない、という設定にして暮らそうと思う。


夜、渋谷で飲む。






2017年3月21日火曜日

日記

317日(金)

夕方渋谷で大学の友達に会う。ずっと恋愛や結婚の話で盛り上がりまくっていたのに、「デートで遊園地いくのいいよね」「でもお化け屋敷は絶対いやだ」という話の流れから、霊感の有る無しの話になり、最終的にガチな怪談話をして解散した。




318日(土)

前髪を切りに行くはずが、ダラダラしてしまう。私の前髪は、他の人の3倍くらいのスピードで伸びている気がする。




319日(日)

朝イチの家の用で休みをとっていた。午後は西荻のイベントに行った。ものすごい砂埃だった。砂埃ごしに穂村弘さんとPIPPOさんのトークショーを聞いた。谷川俊太郎さんの言葉の引用で、現代は詩が詩の中に無く、音楽とか、お笑いとか、まったく違うものの中に詩はある、というようなことが話されていた。ああそうか、と思う。

小学校のとき、詩人に憧れていたときがあったが、憧れていたあの頃ですらも、散文詩の在りどころはわからなかった。作っても、誰にも見せることはできなかった。勇気や覚悟が足りなかったのだとおもう。恥ずかしくはないが照れ臭い。詩はたぶん、文芸に寄り添っているだけで、文芸そのものではない。もっと感情的なこと。ポエみ。だとおもうから、それをそのままは照れ臭い。こころが、潔いまるはだかじゃなくて、なんか、薄いすける布だけいちまい纏ってる、みたいな。ポーズする照れ臭さ。全裸より、靴下だけ履いてたほうがエロいよね、みたいな、演出による恥じらい。そういうのを、あっけらかんと公開する勇気はむかしから無い。

だからちがうなにかの形をかりて詩をやる。言い訳をしなければ詩人になれない。短歌をやるのも、57577の型を借りて、なんてキレイゴトみたいに言ってたけど、要は言い訳かもしれない。

本当に勇気がないな、と思う。散文詩を書いてみるか。


イベントでは短歌の方数名とお会いする。

そのあと別の友人に借りていた本を返して、荻窪のtitleに行き、2冊買う。併設のカフェにもお邪魔する。アップルパイ美味しかった。


風呂に二度入っても砂にまみれている気がした。






320日(月)

夕方に仕事が終わったので新宿に寄る。駅前にいつの間にか桜の若い木が植わっていて、満開だった。TOHOシネマズで話題の『ラ・ラ・ランド』を観る。夢と現実と、現実と夢。夢を追うことを謳う歌に「狂気」という言葉が肯定的に出てきたのが良かった。狂気を肯定したい。私はずっとそれができないので。





321日(火)

久々に朝から大粒の雨。現場が近かったので自転車で走り出してしまったが、3分で後悔した。わたしも大概だけど、すごい雨の中、びしょびしょになりながら道の真ん中に座っている番いのハトを見た。怪我でもしてるのかなと思って近付いたら、2匹ともすくっと立ち上がって何事もなかったかのように飛び上がって仲良くどこかへ行ってしまった。大丈夫なのかな。びしょびしょのハトは髪型がワイルドな感じになっている。わたしは気圧のせいか、いろいろ状態がわるい。





2017年3月19日日曜日

pink cream soda


海がピンク色だったら、砂浜じゃなくて、岩場に行って眺めたい。

岩の、脈絡のない輪郭にぶつかって、電波のように立つ波。白い泡。揺れるピンク。昼間っからずっと眺めて、どんどん濃く、金色の煌めきをも帯びるピンクを見たい。

夜になったら泣いてしまうかと思う。そうしたら部屋に帰って、電球をいくつか、灯して、そのまま眠ろう。眠れなければ、電球、ひとつ食べてしまおう。記憶のなかのピンクが、永遠にあかるく照らされるように。