2017年8月16日水曜日

口にしたおかえりの約半分が五臓六腑をからから駆ける

八月帰日


盆の東京の静けさ。この凪のような東京を見ていると、普段の東京大都会の繁華は東京出身者のものではないんだな、と思う。

わたしは東京出身者なので、盆暮に帰省するところが特別ない。いつも通り東京の電車にのって、都内のおうちに帰るわけだけれども、お盆の時期はなんだかいつもよりもずっと、正しいところに帰っているかんじがある。どこにいてもよそものの感じがしない。すっ、と風が通っている。いつもの東京が、やたらけばけばしい、ほかのだれかのためのものに思えてくる。


しかしまた今日くらいから街にも人が増えてきて、帰省帰りっぽい人、のおおきいかばん、がそこいらじゅうに散らばっている。電車の中も、そのかばんの持ち主たちの肩のあたりから発せられているフルチャージ感とか、夢と現実の狭間で息継ぎをするときのハッ、現実にまたとびこみます、みたいな覚悟のある高揚が充満している。わたしはぼうっとそれを見ている。盆の終わり。明日からまためまぐるしく、街は波立つのだろう。わたしもどうせまた、わけわかんないまんまそれに飲み込まれていく。溺れるまえにおかえりを言うね。なんでおかえりなんだろうね。

2017年8月13日日曜日

炭酸海

八月海日


海に行った。

土曜の夜のうちに電車で海のそばまで行って、よなかはスーパー銭湯で遊んで少し眠って、日曜の朝一番の電車で浜へ行った。朝の海水浴場はまだ人もまばらで、熱心なサーファーか、犬を散歩している近所の人がちらほらいるくらいだった。砂浜にビニールシートを敷いて、朝食を食べていると、海の家のお兄さんがずいぶん早いね、と声をかけてくれて、貸しロッカーを開店前からあけてくれた。身軽になった私たちは砂浜で朝寝をした。少しだけだけれど夢を見た。内容はよく覚えていない。砂浜と海と空と夏に挟まれて、それらと一体化して、ぺたんこになっていくような感じだった。宇宙みたいに暗くて静かなところにいた。目が覚めたとき、果てしなく明るくて驚いた。海水浴客がちらほらと集まりはじめていて、賑やかな声が四方八方からきこえる。起き上がってもしばらくは現実ではないみたいだった。何枚か写真を撮った。


それから採集を開始した。小粒の貝殻、シーグラス、やさしい石、楽しくなったごみ、いろいろ拾った。海から来たものは、都会とかで見る姿よりもかなり穏やかになっている。海なんて滅多にこないので、すべてが珍しくて、落ちているもの、貝殻、石、砂の一粒一粒ぜんぶを見ておきたかった。随分熱心に採集して、ふと気付いた時には、海水浴場は人でいっぱいになっていた。波の音にまけないくらいの、人の声がする。笑い声とか。


さてと、となって少しだけ海に入っておよいだ。顔をあげたままする平泳ぎで、ブイのところまでは行けなかったけど、けっこう深いところまで泳げた。泳ぐのなんて何年ぶりだろう。もっとすごくうまく泳げたら、海と一緒になるような感じになっていいだろうなと思ったけど、へたくそでも充分気持ちよかった。疲れたけど。


それからまたヤドカリとかを見つけて、波打ち際で遊んで、海の家でお昼を食べてビール飲んで昼には浜を出た。駅の方からわくわくした感じで歩いてくる人がいっぱいいた。海はこれからますます人でいっぱいになるのだろう。なんだか不思議だ。普段、街中のコンクリートの上をてけてけ歩いたりして暮らす人たちが、この時期は水際にあつまって、海と戯れる。服を脱ぎ捨てて、みんなすごく笑ったりして。


思い出の記録だからオチはない。とても楽しかったよ。夏ポイントがたまった。










2017年8月8日火曜日

八月のあなたをぜんぶ教えてよ わたしの水着想像してよ

八月夏日


吉祥寺で花を買って、墓参りに行って、帰りのバスを間違えて、なんか微妙によく知らないところに来てしまって、とはいえ家まで歩けそうだったから、夏の道を、ぼうぼう歩いた。アスファルトに反射する日差し、熱、を、東京の夏のにおいだと思っておもいきり吸い込んで、あ、いま私は心底安堵している、と思った。白線がすうっと伸びている、電線がしなやかに空を走る、この調子よく整った住宅街は、閑静、と謳われている。わたしの足音は近くに、都会の喧騒はごうごうとその果てに、全部を混ぜようとする蝉の声、が、まとめてぜんぶきこえる。しずかで、安らかだ。民家の庭にさるすべりのピンク。道端には立葵。高い塀からはみだしたひまわり。ありがとう、自然と土のにおいを嗅ぎ分けちゃうな。じっとりとしたなまあたたかい風が肌に絡んで、ああいますぐブラジャーとりたいし、じぶんのからだごと夏に溶け込んで、びしゃびしゃになって、すがたかたち を失いそう。だれかのことをかんがえる。わたしはけだるい海になる。アイスクリームありがとう。どうしてこんなにすばらしい。他には帰る場所ないし、東京の夏がだいすきだよ。


2017年8月4日金曜日

夏の虫

八月鍬日


仕事で大きなクワガタを見せてもらった。立派なクワガタだった。クワガタは飼ったことがない。クワガタとの暮らしはどんなだろうか。懐くのかな。


先日法事で唐津へ行ったとき、いつのまにか背中に小さなクワガタがついていたらしく、通りすがりの、おそらく私と同じように旅行できていると思しき少年にとってもらう、ということがあった。

散歩に疲れて宿のそばの海辺でぼんやりと黄昏ていると、背後からねぇ、と少年の声がして、振り返ると絶妙な距離感のところに小34くらいの少年が立っていて、

「服にクワガタついてるよ」

ともじもじしつつもじっとこちらを見てそう言うのだった。びっくりした。クワガタなんてそもそもあんまり見たことないし、どうしていいかわからずにいると彼が自ら

「とっていい?」

と買って出てくれたので、お願いします、と頭を下げてとってもらった。4センチくらいの小さいクワガタだった。


少年がクワガタを掌にのせて、なにクワガタだろう、とか言いながら見ているので私も一応見たけど、いつからこれを背中に従えていたのだろうと考えるとぞわぞわした。その日は暇で自転車を借りて海のそばの松林や神社に入ったりしていたので、そのどこかから道連れにしてしまったのだと思うが、クワガタは何を思って私の背中にへばりついていたのだろう。私が急に寝転んだりしたら終わりだし、落ち着かなかっただろうな。


そうこうしてるうちにそこに少年の母親もやってきて、そろそろ帰るよ、みたいになって、その時のこの親子の、

「クワガタ連れて帰っていい?」

「え~、クワガタは明日新幹線のれないよ」

「今日だけ」

「え~、じゃあ自分でお姉さんにお願いして」?!

という会話が、夏休みっぽくてすごく良かった。そして少年の、

「クワガタもらっていい?」

と少しもじもじしつつも目はキラキラとこちらをみながら言ってくる「クワ」の言い方、ずっと忘れられない。(親子の中で私がクワガタと旅している人みたいになってるけどそれは置いておいて)


それからクワガタ飼いたいな。とちょっと思っていて、今日見せてもらった立派なクワガタ、これなに食べてこんなに大きくなったんですか、やっぱ喧嘩とかするんですか、室内で飼ってるんですか、とかいろいろ聞いてたら、その立派なクワガタが数万円で取引されている超高級クワガタだということを聞かされ、そんなことあるのかよってぶったまげている。背中にくっついてくるくらいがかわいいな。元気かな、クワガタ。あの少年も。


八月鳥日


外の掃き掃除をしていて、道のまんなかにへばりついてどうしてもとれない白っぽい何か、があった。箒しかなかったので頑張って掃きとろうとしたのだけれどだめで、すごい雨が降ってきたのであきらめた。雨が上がり外に出るとびしょびしょに濡れたそれの輪郭がさっきより微妙にはっきりしていた。よく見るとそれは死んだ鳥のようだった。雀かなにか。私は声も出せなかった。車通りは少ない道だがきっと轢かれてしまったのだろう。どうして、という言葉が身体の中で次第に増殖してどこかから溢れ出す寸前だった。もはや何のどうして、かもわからないし、悲しいのとも恐怖とも違う、強いていうなら悔しかった。しばらく身体が動かなくて、ずっと見ていた。そのあとのことはよく覚えていない。なんとか道から剥がしてどっかに埋めた気がする。それが三年前の夏のこと。グーグルフォトを見ていたら、三年前の今日のできごと、ということでその写真が出てきた。写真に撮った記憶はあんまりないんだけど、改めて写真で見るとやっぱり鳥の形だった。君は鳥、と声に出してその写真は消した。葬い。

2017年8月1日火曜日

あまた

八月一日


夏だ、と思ったその日から、毎日にナンバリングをしていた。夏①、夏②、というふうに。それもだんだんぐだぐだになって今日が夏何だかもうわからない。八月になった。八月だ。八月一日。七月はどうだったか。ひと月前の七月一日には、早速花火をした。それから、ブッチャーズの『七月』を聴いた。そうして夏の、夏ポイントをためていく。夏らしいことをすればたまる。これからも夏ポイントをためていく所存。何ポイントたまったか、もはやわからなくなるくらいに。(たまったらどうなるのだろう)

八月一日は、雨。数えきれない程の粒。先月私は二十八になった。もうすぐ母が死んで丸三年になる。三年経ったからなんだというのだろう。わたしたちは数える。指を折ってかぞえる。指を折ることは掴むこと。すべてはなしてしまいたい。


べっとりと雨に濡れている。

2017年7月13日木曜日

昼間に眠ったから眠れない。熱帯夜ですね、って誰かに言いたい。こんばんは熱帯夜ですね。


扇風機をまわしている。部屋の空気がかき回されて、たとえばここに幽霊がいたら飛ばされちゃったりするんだろか、とか考える。しかし幽霊はいない。

かわりに風にのって、仏壇の花瓶にさしたユリのにおいがする。けどおかしくて、ユリは今日買ったばかりだからまだ蕾なのだ。たぶんこれは記憶のにおいで、脳みそから直接香っているのだと思う。それから水のにおい。これは出元がわからない。これも記憶かな。


おわかれの日の前の夜中に手紙をかいたこと、を思い出してる。他の誰にもその存在を伝えずにこっそり棺に入れた。いっそうユリのにおいがする。瞼にふれそうな白い花びら。


窓を開けたら虫がしずかに鳴いている。最近は夜こういうかんじで勝手になみだがでてしまう。はやく阿保みたいに蝉鳴いてほしい。1時間だけクーラーをつけよう。ぴしぴしに固まった部屋でねむる。タオルケットにくるまって。